白鵬関
【 2009年06月27日放送】【2時間SP】パート4
今日のゲストは、モンゴル出身の横綱 白鵬関
パート3からの続きです♪
~モンゴルの大草原で育った甘えん坊の少年が、なぜ大相撲の道に導かれたのか。 横綱白鵬関の魂の歴史があかされます~
[白鵬関 魂の歴史]
江原「今までにも、かつてのこの番組のゲストの力士も
そうだったことがありましたけれども、
横綱もね実は前世、日本で関取。」
国分「日本の関取だったわけですか?」
江原「うん。要するにご自身の自覚としては、何となく日本に来て、
何となく、
っていう感覚かもしれないけれども。」
白鵬関「そうですね。」
江原「でも、そうだったら、こんなにのめり込まない
っていうかね、あの申し訳ないんですけれども。
もちろん、モンゴルに生まれ育って『自分はモンゴル人である』という誇りもあると思う。」
白鵬関「そうですね。」
江原「けれども、どこかで半分『自分は日本人だな』と思うところもあるはずなんですよ。」
(白鵬関 笑顔に)
国分「その笑顔は、何か分かるような気がするんですか?」
白鵬関「何となく、はい。」
国分「そうですか。」
江原「だから、先ほどから話しているように、ある意味で、
日本人以上に日本人なところがあるんですよね。
でなければね、『恩返し、恩返し』っておっしゃるけれども、そこまで思わないんじゃないかと。
ただ、1個だけ将来的にね、もし本当に相撲界に向かって、お弟子も持たれてとかね
思うんであれば、1個だけ注意しなくてはいけないことがある。
意外と横綱ね、お金に無頓着。もうパッと『もういい、もういい』っていう。」
白鵬関「そうですね、やっぱりこの世界も、入るのも大きいですが
出るのも大きいですね。」
国分「なるほど。」
白鵬関「そうかもしれないですね。」
[お金に無頓着]
江原「でもやっぱり、そういう風にしていくには、ある程度の経済的な何て言うんですか。」
美輪「経済観念?」
江原「観念も必要。『部屋を持って』とか。」
国分「なるほど。『親方になったら』ということですね。」
美輪「運営しなくちゃいけないから。」
江原「で、そういうのは面倒くさいんですよ。
でも、奥さまが出来る人なんですよ。」
白鵬関「はい。」
江原「だから上手い具合にできてる、ちゃんと。」
美輪「バランスがね。」
江原「うん。奥さまがその辺、細かくきちんとやれる人なんですよ。」
国分「どうですか?」
白鵬関「まあ、できてるんじゃないですかね。」
国分「できてる方ですか?」
白鵬関「ええ。まあ、まだ若いですけど。」
[苦労を表に出さない人]
江原「だからこれから、特にまたね、年齢を重ねていきますでしょう?
だから、そうするとそれがきちんとできるし。
でいてね、横綱、素晴らしいなと思うのはね、
絶対に表にそういうことを表さないんですよ。
自分の本当は先々のこととか、思ってることとか先ほどからもVTRでみせていただいたけれども、
本当は横綱になられてから、厳しい日々だと思うんです。」
白鵬関「はい。」
江原「気持ちの上でもそうだし、『こんなに辛いと思ったことない』
っていうことはないと思うくらいじゃないかと。
それより前までは、まっしぐらにやって来たんだけれども。」
白鵬関「そうですね。」
江原「横綱になってからきついな。でも、絶対に表さない。
だから今日、ちょっと内面を言っちゃうことはいけないとは思ったんだけれども、
あんまり言わないのも番組が成り立たないので。」
白鵬関「ええ。」
江原「ご自身なりのある種のスランプも感じたりすると思うんですね。
でも、絶対見せない。いまなぜ、私がこう言うかというと、
抜けたからなんですよ、そのスランプを。」
国分「どうですか、そういう時期ってありましたか?悩む時期とか。」
白鵬関「いや、もう今もそうですけど。」
江原「いや、もうほとんど抜け出てますよ。」
美輪「取り方やね、立合いとかね、何かいろんなものがお変わりになりました?」
白鵬関「そうですね。美輪さんがいったように双葉山さんや大鵬さんのビデオをよくみてましたね。
そこに近づけるように一生懸命勉強してがんばっているんですけど。」
[目指すは大横綱]
美輪「大鵬(1940~ 幕内優勝32回 昭和の大横綱)さんとは、
親しくしていただいていたんです。
白鵬関の手を見てると真っ白できれいな肌をしていらっしゃるでしょう?
『大鵬関みたいだな』って。あの方がね(手を広げて)こういう風にやって、座って
こうやったとき本当に白鵬っていう名前通りで、
白い鵬(おおとり)、あれが羽を広げたような感じでね、美しかったんですよ。
私、肌を拝見していて、まあ大鵬関の肌の色とよく似てる。
真っ白でね。あの方も人格者でしたよ<。br />
今でも時々、お葉書くださるけれど横綱にふさわしい人物でしたよね」
白鵬関「そうですね。」
国分「ビデオでみるんですね、そういうのも。」
白鵬関「ええ。それがやっぱり、理想の横綱である姿じゃないかなと、そういう風に思っていますね。」
白鵬関には目標とする大横綱が2人います。
1人は69連勝という大記録を打ち立てた「相撲の神様」双葉山。
もう1人が昭和の大横綱 大鵬です。幕内優勝歴代ナンバーワンの32回を誇る、美しくて強い戦後最強と呼ばれる名横綱。その土俵入りも天下一品の美しさでした。
[大横綱の条件]
美輪「大鵬関もそうですし、春日野理事長もおっしゃっていたけれど
横綱になるのは努力と運があれば誰でもなれるけれど、それを維持するのが大変だって。
つまり強ければいいってものじゃなくて、そのプラスアルファのものを
精神的なものから、いかにみっともなくないように、
横綱という自分に、恥をかかせないようにするっていうのがね、
『維持するのが大変だ』って、そうおっしゃっていましたですね。」
白鵬関「その通りですね。」
美輪「そう?そう思っていらっしゃる?」
白鵬関「はい、そうですね。」
美輪「改めて何か日本のね、他の国のスポーツと違って、こしらえがね、
紫の幕が上がって屋根が下りてて、そして四本柱があったりね、
今は柱もないんだけど、何かお祭りの儀式みたいなね、様式美みたいなのが全体にあるじゃないですか。
ちょうど歌舞伎やお能の芸事の形をみているような、
その中で今度は勝負で、スポーツでしょう?すごいドッキングだと思うんですよね。
華やかで美しくて厳粛でね、真面目で素敵じゃありません?」
~相撲は元々、神さまに五穀豊穣を祈願する儀式として始まったと言われます。
(日本書紀に登場する最古の相撲は紀元前23年に遡る)~
日本相撲協会 横綱審議委員 内館牧子さんのお話
「土俵っていうのは『20俵の俵で結界された聖域である』っていう風に私は考えてます。
だからまさしく神事であり祀り事。」
力水をつけ、清めの塩をまき、四股を踏む。
対戦する前に様々な儀式を行う相撲。
勝つことが全ての単なる格闘技ではなく、日本独自の様式美輪を持つ武道です。
外国分人力士にとって一番理解しにくいのが、この大相撲の精神だといわれます~
再び 内館牧子さんのお話
「大相撲における横綱頂点に立つ人というのは『心技体』がね、全部揃わなきゃいけない。
『心』が一番最初に来るんですよ。
プロスポーツなんだから、技や体が前に来てもいいはずなのに、
『心技体』で、必ず心が一番最初に来る。
その意味ではしっかりと、心を持った私は大横綱になってくれると思うし、もうその道は歩き始めていると思いますね」
国分「自分の中『憧れの力士の方に近づいているな、っていうのは思いますか?」
白鵬関「いや、まだまだだと思うんですけど、まあ近づきたいなと。」
美輪「素敵。」
国分「素敵ですねえ、本当に。」
白鵬関「取り口もそうですけど、その立合いですね。
『後の先(ごのせん)』って言うんですけど
双葉山さん、あの方、多分、右目が見えないんですね。」
国分「え、そうなんですか?」
美輪「ずっと内緒にしていらしたの。右目が失明して見えないの。」
白鵬関「相撲界では一番、連勝記録は69連勝している方なので。」
美輪「最後に見破られたんですよね。」
白鵬関「はい。で『後の先』って言うんです。
一般的には立合いというのは、先に立った方が勝ちそうに見えるんです。
それをそうじゃなくて
後からの方が強いっていうのが双葉山さんだったんです」
国分「はあ、格好いいですね。魅力的ですね、それは。」
白鵬関「“受けて立つ”っていうんですかね」
国分「ええ。そういうところをビデオでみて研究するわけですか?」
白鵬関「そうです」
~白鵬関がめざす大横綱・双葉山
『双葉の前に双葉なし、双葉の後に双葉なし』といわれた不世出の大横綱です。
『相手の立合いをよく見て、一呼吸遅れて立っても、先に攻撃を仕掛ける』のが
武道における『後の先』。
白鵬関もこの双葉山の奥儀、『後の先』を目指しているのです~
[相撲道を極めたい理由]
国分「研究している量がやっぱり違うんじゃないでしょうかね?」
江原「ただね、あの、先ほども前世でも力士って言いましたでしょう?
でもね、江原戸時代だと思うんだけども、横綱まで行った人なんですよ。」
国分「江原戸時代に。」
江原「それでもなお、相撲を取りたい、やりたいんですね。だからね、極めても極めても足りない。」
白鵬関「そうなんです、はい。」
[日本の以上に日本人]
江原「やっても、やっても足りない。だからそれこそDNAじゃないけれども<、br />
根っからお好きなんですよね。
変な言い方だけど、この国分の力士以上にこの国の力士っていう感じなんですよ。
でいて、先ほども何で今一時はハワイの人たちが多くて、今はモンゴルの人たちが活躍するのか、
これも不思議だっていう話がありますけれども、
違うんです。それも選んで生まれて行くんですよ。
だからさっき、一番最初に私が『環境は大事だ』と。
前世の魂が『どこに生まれたら一番自分の理想的な力士とか人生になれるか』ってことも計算して。
そうやって、だからこの国の今の環境では、地方ならともかくも。
今、地方でもそうだけれども、なかなか走って遊べるとかそういうものでもないですしね。」
白鵬関「はい。」
江原「ていうか、目的が再び相撲を取りたかったわけですから。」
白鵬関「へ~。え」
[スピリチャル・メッセージ]
江原「うん、それとね、最初から(セットの階段から)降りてくる時にね、
犬が付いてくるんですよ、犬。子供の頃、犬としょっちゅう遊んでいました?」
白鵬関「犬は好きでした。」
江原「何だろう。日本でいう柴犬みたいな犬なんですよ。」
白鵬関「秋田犬みたいな。」
江原「うん、何ていうんだろう。だから私ね、降りてきた時にまるで、
西郷隆盛って知ってます?上野とかの。」
白鵬関「はい。」
江原「犬が一緒になって付いてくるから、
『西郷さんみたいだな』と思って見てたんですよ。」
白鵬関「へえ~。」
江原「でいて、すごく動物好きじゃないかと思うんです。」
白鵬関「動物、大好きですね。」
江原「今でもですよ、いろんなところに行くと、例えば犬のいる家とか猫のいる家でもそうだけれど、
動物にものすごく好かれて寄ってきませんか?」
白鵬関「僕は街の方で、草原に行くとやっぱり必ず犬がいますので、はい。」
国分「子供の頃によく遊んだんですか?」
白鵬関「はい、遊んでましたね。」
江原「それとね、最初に横綱、『自分自身を例えると山』っておっしゃったじゃないですか。
それはね、そういう哲学とか、そういう思いもあるだろうけれども、
子供の時から山に登るの好きですね。」
白鵬関「はい、好きでしたね。」
江原「ね?で、その景色をみると自分の中で気持ちがすっきりするんでしょう?」
白鵬関「ええ。」
江原「何かね、山の上でね深呼吸する姿がすごく見えるんですよ。
だからそれが、自分自身の、何ていうんだろう、ストレスの発散とかね、
後は気持ちの切り替えとかにも全部つながっているんだなっていう風に思うんですけど、
だけど不思議なんですよ。
あの、スポーツの選手って、わりと赤いオーラとかって多いんですよ。強いとかっていうね。
だけど割と金の部分とかが多いんですよ。っていうことは、やっぱり哲学する、考えることがお好き。
で、やっぱりそこで相撲を取っている。常に。」
[考える相撲]
白鵬関「そうですね。やっぱり相撲だと、練習とか、トレーニングじゃないんで<、br />
やっぱり稽古ですね。稽古でやっぱり『ただ、稽古やっちゃいけない』と思うんですけど」
美輪「稽古の中でね、理論的に全部ね、探していって、それを組み立てて、迷いのない、がっちりした自分の、そのスポーツ理論みたいなものをこしらてあげて、で、本番にそれを生かすみたいな、そういうやり方じゃありません?」
白鵬関「その通りです。」
美輪「それとやっぱり、先ほどから江原さんがおっしゃっている、とにかく吹っ切れてね、
そういうものをつかんだっておっしゃっていたけれども、
それが何かと言ったら、先ほどの双葉山関やね、大鵬関のいろんなもの、宮本武蔵の五輪の書みたいなものでね、
つまり『横綱相撲というのは、どんなものか』っていうね、何かをフッとつかんだっていうところがおありでしょ?」
白鵬関「ありますね。」
美輪「ね?それなんですよ。だからそれをつかんだから、後はそれに従って自分で全部、
横綱らしく裁断を下して、善後策をこうじて、やっていけばいいっていう。
もう、結論をお持ちだから」
国分「これからが本当に楽しみですよね。まだまだ歴史を作っていくと思いますし、
これからの活躍に期待しますので、がんばってください。」
白鵬関「はい、ありがとうございます。」
国分「ありがとうございました」
【スピリチュアル・メッセージ】
モンゴルに生まれたのは日本で再び相撲を極めるため
将来のために何をなすべきか?ご自身の中で結論は出ているはず
ただし、お金のことは奥さまに任せた方がよろしいかと…