いしだ壱成

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【 2008年70月26日放送】【130回】パート1

今日のゲストは、石田純一さんの息子さんでもある俳優のいしだ壱成さん。

【いしだ壱成 スピリチュアル・チェック】
小さい頃なりたかった職業⇒ロックスター
自分の性格をひと言で⇒頑固者です
苦手なもの⇒極度の高所恐怖症です
最近嬉しかったこと⇒普通に街を歩いていて「頑張って下さい。」と声をかけていただいたときです。
お父さんはどんな存在?⇒父であり、また友達であり、子供のような存在です。
人生の転機⇒子供の頃に東京から屋久島の方に引越しをしたこと。
今の心境⇒とても緊張しています。

[江原さん、美輪さんについて]
いしだ壱成さんは国分さんと同じ年なのだそうです。
国分さんが、「あまり緊張しない方なのかなっていうイメージがある。」というと、
いしださんは実はすごく緊張する方で、今日は特にしているとのこと。
美輪さんとは以前、美輪さんの舞台(1994年の「毛皮のマリー」)に
何度か出たことがあるそうです。
美輪さんいわく、いしだ壱成さんが売り出しの頃に話があって演技が本当に素晴らしく、
お父さんよりも素晴らしい才能だと思っていたそうです。
江原さんとは江原さんがまだ個人カウンセリングをしていらした頃に
いろいろと相談にのってアドバイスをしてもらったりしたことがあるそうです。

~お父さんである石田純一さんが大学二年のとき、二歳年下のお母さんと結婚。
しかし、壱成さんが生まれてすぐに離婚。
壱成さんは父親の顔を知らないまま 母子は流浪の生活を続けたのです~

[屋久島での生活]
国分「東京から屋久島に引っ越したんですか?」
いしだ「はい、そうです。」
国分「これはなぜ、屋久島だったんですか?」
いしだ「あの、僕もそう思ったんですけれども、
母親が、どうやら都会を離れて、自然の中で、 全て自給自足の生活をしてみたいという気持ちがあったみたいで、
それで自動的に連れられるようにして。」
国分「自給自足というと畑も自分で耕したりとか。」
いしだ「はい。まず、朝起きてすることは、川に水をくみに行きまして
その後に薪を使って火をおこしてその頃に親を起こして。」
国分「え?お母さんはまだ寝てて?」
いしだ「まだ寝てて。その後に僕の仕事というのは、ヤギの乳を搾りに。」
国分「何時代ですか、それ?」
いしだ「一応昭和でしたね。」

国分「それは、苦ではなかったですか?」
いしだ「ぶっちゃけて言いますとそれまではずっと都会でしたから、
まあ家に帰れば電気もすぐつくし、冷蔵庫を開ければ物が冷えている。
それがいっぺんになくなったのでさすがに戸惑うことはありました。」
国分「あの、引越しの数もすごく多いんですよね?何回くらいしたんですか?」
いしだ「記憶にある限りでええっと51回目。」
国分「51回?」
いしだ「はい。」
国分「お母さんってどんな方なんですか?」
いしだ「一箇所の場所に執着せずに、漂うことがあまり…。」
国分「じゃあ屋久島もそういう経験をしてすぐまた違う所へ行ったんですか?」
いしだ「そうですね。」
国分「ちょっとそれ何か言わなかったですか。子供の頃に ちょっともう、落ちつかねえ?って。」
いしだ「転校が多いのは、さすがに困るって言いましたけれども。」
国分「そうですよね。」
いしだ「いわゆる幼なじみっていうのが僕はいないので。」
国分「母さんと暮らしているときに、51回引越したんですか?」
いしだ「いえ、1人になってからも、結局癖のようになってしまったんですけれども。」
国分「1人暮らしをしていても。」
いしだ「また、次。」
国分「一番短くて、どのくらいで引っ越したんですか?」
いしだ「3週間。」
国分「はや!探すのが大変ですよね。」
いしだ「滞在したんです。」
国分「滞在ですね、本当ですね。」
美輪「そのへんはね、後で江原さんが全部、分析してくださるから。」
国分「なるほど。これもね、意味があるんでしょうね。」
美輪「意味があるのよ。」

国分「子供の頃、お父さんがいないというのは、ちょっと寂しくなかったですか?」
いしだ「はい、正直に言うと結構、寂しい部分はありました。」
国分「それをお母さんとかには別に言わなかったんですか?」
いしだ「ええ。ただ、母親がお付き合いしていた人が僕からすれば お父さんっていうような構成になったりしましたので、
それほど そういった意味では、 すごく寂しいとかそういうことはなかったんですけれども、
ただ学校の連絡網ですか。
ああいうのに大体、両親の名前ってどなたでも書いてあったのが、 僕のところだけ母親の名前で、
それが発覚して、 いじめではないですけれども『何で?』って言われて。」

国分「『何でお前のところ、母ちゃんの名前なんだよ?』とか。」
いしだ「はい。」
国分「それはお母さんにも言ったんですか?」
いしだ「いえ、そんなには言わなかったです。」
国分「自分の中で、止めていたということですか?」
いしだ「そうですね『あまり言わない方がいいのかな』っていう。」
美輪「いや『お母さんを傷つけるんじゃないか』って思ったんでしょ?」
いしだ「はい。母のことがすごく好きでしたから。
今でも当然、そうなんですけれどちょっと子供の頃って、
また違った愛情表現の仕方だったと思うんです もうどっちかと言うともっと『好き!』みたいな。」

[お父さんは石田純一さん]
国分「自分のお父さんが石田純一さんだと知ったのはどうやって知ったんですか?」
いしだ「ふとしたときに自宅でテレビがついてまして、たまたま、とあるクイズ番組で、 回答者の方がザッと並んでいてその中に。
『あっ』というので『どうしたの?』と言ったら『お父さんだよ』って。」
国分「『うっそ~?』ってならないですか。」
いしだ「『うっそー?』って言いました。」
国分「ですよね。とこかで信じられない部分もあったりとか。」
いしだ「『え?この人かあ、格好いい人だね』っていう風に。」
国分「それまでは、石田純一さんをテレビでみるということはなかったんですか?」
いしだ「はい。テレビすらもない家だったんですね。」
国分「なるほど、それでテレビのところで『お父さんだよ』と。」
いしだ「初めて、言われて。」

美輪「そういう親子というのは、父親と息子だと『何年ぶりかに会ったら、
ぶん殴ってやろうかと思ってた』とか そういう気持ちはおありにならなかった?」
いしだ「全くなかったです。」
美輪「優しいのね。」
いしだ「どうでしょう、何かどこか切り離して考えるようにしていったのかもしれないです。
『自分の父親』っていう人と、『いま一緒に暮らしている大人の男の方』と。
こっちの方をもう、自分のお父さんだと思うように自分の中でずっとしていましたから。」
美輪「お母さんの相手の人ね。」
いしだ「はい。この関係も壊したくはないし、
でも別で 『テレビに出るような仕事をしているんだ』というのは、そのとき初めて知って。」

[お父さんとの再開]
トレンディドラマで活躍していた石田純一さんをテレビでみてから8年後、
壱成さんが16歳のとき、お2人は再会することに。
国分「どうやってお父さんと再会したんですか?」
いしだ「僕から言うと伯母にあたるんですけれども、父に姉がいまして
ジャズピアノを弾いているんです。それで、リサイタルというか、コンサートがありまして
伯母の方から母に『よかったら壱成と来てください』というような誘いがあって。
何の気なしに行ったら、そこに父がいまして。
向こう側からすれば、ほとんど初めてだったんですけれども。」
国分「もうバッタリ、ですよね。」
いしだ「バッタリですね。」
国分「ドキ!って感じですか?」

いしだ「はい。ちょうど出口に、コンサートが終わったときに、すごい列ができていたんですよ。 何の列かな?と思ったら、伯母と父が二人並んで。
お客さんに 今日はありがとうございました、っていうような挨拶をしていて、
なぜかそこに並んで。」
国分「石田さんは気づいているんですか?」
いしだ「気づいてくれるかな?って、と思っていたんですけれども、
すぐに あっ、て気がついてくれて、でも、全く言葉はなかったですね。」
美輪「お互いに?」
いしだ「お互いに何を話していいかわからずに、ただ見つめ合っていて どちらからともなく、抱擁して。」

国分「不思議な感覚ですか、その時は?」
いしだ「はい。うわあ、芸能人だ、っていう。」
国分「そっちの方が強いですか、お父さんというよりかは。」
いしだ「もう本当にあ、テレビ出てる人だ、って。」
国分「お父さん、って、すぐ呼べたんですか?」
いしだ「実は今でも呼べないんですよ。ちょっとした悩みなんですけれども。」
国分「『お父さん』ということは、1度も呼んだことがない感じですか?」
いしだ「ないですね。」
国分「何て呼ばれているんですか?」
いしだ「たまに冗談で『パパ~』とか、言うんですけれども、毎回 言い方がパパだったり、ダディだったり。」
国分「ダディ?」
いしだ「まあちょっと変な言い方ですけれども。」
美輪「『純一さん』とは言わない?」
いしだ「言わないです。」
美輪「『石田さん』とも?」
いしだ「『社長』とは言ったことはあるんですけれども。」
国分「ちょっとそれは恥ずかしい部分ですか、『お父さん』と。」
いしだ「はい、何か恥ずかしい。」

美輪「小さい頃から、別な人と思おうという風に持っていったからじゃないですか?
別な人間だという風に。」
いしだ「そうかもしれないです。」
国分「再会してからは、石田純一さんとは会えたんですか、頻繁に。」
いしだ「すぐに次の日に『食事に行こう』とか。」
国分「純一さんの方からですか?」
いしだ「はい。その頃、父も歌を歌っていたので、自分のコンサートに呼んでくれたりとか。」
国分「そこで、スカウトだったんですか?」
いしだ「そうです。」

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石田純一さんが語る13年ぶりに壱成さんと再会したときの様子
「こんなに小っちゃかったときだったから、別れたのが。
でも一目見ただけでわかりましたね。
何かこうさわやかでピカピカしてる 『あ、一星(壱成さんの本名)だ!』って思ったんですね。
最初に会ったとき、いろんなことを言えたり、
もちろん 親として上手くやれてなかったこともあったので、
その気持ちとか言葉で何て伝えようとか思ってたこともあったんだけど、
見た瞬間というか、目の前に来た瞬間、こう抱き合ったって、
何かすべてわかったような感じでしたね。」
*:.。.:*☆*.。.:*

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