加藤茶

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【 2008年08月16日放送】【2時間SP 亡き人を偲ぶスペシャル】パート1

今日のゲストは、「8時だョ!全員集合。」で最高視聴率50.5%の記録を打ち立てたグループの1人でもある加藤茶さん。

[江原さん、美輪さんについて]
国分さんに今の心境を聞かれ加藤茶さんは、芸能界も長いし 普段はあがらないそうなんですが、
2人の方の前にいてすごくあがっているとのこと。

美輪さんとは、クイズ番組「赤っ恥青恥。」で一緒になったことがあるそうです。
江原さんとも、番組で一度お会いしたことがあり、自分しか知らないことを言われて舞い上がったそうです。
母親に訪問着を買ってあげたことあったのですが、買ってあげたことを全く忘れていたとか。
江原さんいわく、お母さまが着物を見せたそうです。
加藤さんに買っていただいたといって、ものすごく自慢ししていて、
その思い出がうれしいといっていたのだそうです。
放送はカットされていたのですが、 お母さまから『心臓と循環器に注意しなさい』というメッセージもあったとのこと。
その後、加藤茶さんは2006年10月に大動脈解離で入院。
無事にもどってこられたので、お母さまが守ってくださったんだなと思ってっているそうです。
ところが、加藤茶さんは着物の話で舞い上がってしまって、心臓のことを言われたことは、 全然覚えてなかったのだそうです。

~東京で生まれ、アルバイトをしながら家族を支えていた加藤さんは、
17歳でバンドマンとなり19歳でいかりや長介さんと出会うのです~

[いかりや長介さんとの出会い]
国分「いかりやさんに、一番最初にお会いになったんですか?」
加藤「長さんと会ったのはね、確か新宿のバンドが集まる場所があったんですよ。
そこに僕たちがいつも行っていると、長さんが、
その時は長さんってわからなかったんですけど、
長さんが角刈りにしてゴムの雪駄をはいて
よく大工さんが持つ布でできた袋を持っているんですよ。
あれをぶら下げて来てたんですよ。
だけど『あれ?バンドマンでもないのに何でここに来てるのかな?』
僕もドリフターズに呼ばれて行ったら、そこに長さんがいたんです。
で、ベースを持っているんですよ!
『まさかこの長さんがバンドマンじゃないだろう?』と、その時も思ったんです。
でもバンドマンだったんですよ、実は。」
国分「それ、かなり運命的なものを感じませんか?」
加藤「全然、感じません!」

国分「そうですか。どんな方だったんですか?」
加藤「まあファンキーな人だったですね、とっても。
話をしていてもおもしろいし、僕らとよく話もしたし遊んだし。
遊んでいても、いかしているんですよ、とっても。お笑いに対してすごくストイックでね。
ひとつやるごとに、何かいろんなことをやるんだけれども、
それがすごくいかしていたんですよ。
その時は僕、大好きだったんですよ。その時は。
『この人とだったらお笑いできるかな』と思ったんですよ。
で、だんだん変わっていきましたけどね、それは。」

美輪「恐ろしくなってきたのね。」
加藤「恐ろしくなってきた。
もともと、ドリフターズっていうのはいろんなメンバーがいたんですよ。」
国分「何人ぐらいいたんですか?」
加藤「あの頃でね15、6人くらいいましたね。」
国分「多いですね。」
加藤「バンドマンと、それから笑いをやる連中と、歌を歌ってる人が。
歌の合間に、サービスのつもりでお客さんにちょっとした笑いをやってたんですよ。」
国分「そうなんですか。その笑いというものに興味はあったんですか?」

加藤「その時はね、全くなくて。
僕は 『バンド1本で食べていこう、ドラム1本で食べていこう』と思ってたんですよ。
で、後ろから見てて、ドラムに座って彼たちがやってるのを見てて
『あ、楽しそうだな』とは思ってましたけどね。」
国分「『ちょっとやってみたいな』という気にもなってくるわけですか?ずっと見ていて。」
加藤「うん、気持ちがね。お客さんにうけるというのは、すごく何かこう高揚するんだよね。
『あ~できたらいいな』なんて思っていたんですよ
大先輩である『クレイジーキャッツ』という先輩たちがいて、ものすごくうけてたんですよ。
やっぱり楽器を使った音楽コントで。
『俺たちも本格的にああいうことやりたいよな』っていうんで
『どうだい、分かれてやらないか?』ということで、1回目の分裂が始まるんですよ。
で、僕はドンキー(ドンキーカルテット 小野やすし、ジャイアント吉田が結成したバンド)の方にいく予定だったんです。で、長さんは一人で残ったんですよ。
やっぱり若い連中と長さんと、お笑いのセンスがちょっと違うんで、ぶつかり合っていたんですよ。
それで『じゃあ、ぶつかり合うんならば、若い人たちで集まってお笑いをやろう。
長さんは長さんでやんなさいよ』と。で、一人になったわけですよ。」

加藤「だから長さんが、俺に目をつけたわけですよ。
『加藤がいれば、こっちで笑いをできる』と。
で、その日から、僕にぴったりくっついて説得するんですよ。
もう本当に、どこに行くでも長さんがいるんですよ。」
しつこく、で『最後の営業だから』って京都に行ったんですよ。
あの頃、新幹線がなかったので、京都までだいたい6時間くらいで行くんですよ。
僕たちはグリーン車に乗っていたんですけど、グリーン車の前に長さんが来て、
足を掛けるのがあるじゃないですか。
そこに長さんが座って、 『加藤、どうだい?な?残らないか?』と。」
国分「6時間?」
加藤「6時間です、ずっと。でもね、そこでもまだ、僕は頑張ったわけ。
もう『こっちに行く』って言ってあるから。」
国分「若い方でやりたいと?」

加藤「そう。それで、着いて仕事が終わって、一緒の旅館なんですよ、その頃は。
旅館に入って、飯を食うときから何から、全部一緒なんですよ、長さんが。」
国分「隣にいて?」
加藤「うん。僕は飯を食ってるから、長さんは飯を食わないで
『な?加藤、どうだい?お前がいれば、こっちできるんだよ』ってずっと言われていて、
もう付かれているのが、いやんなっちゃってあの唇と、あの顔で。」
国分「電車の振動でも揺れて。」
加藤「興奮してるから、俺のところでブルブル揺れてるわけよ。
それで、とうとう『じゃあ残りますよ!』って残っちゃったんですよ。」
美輪「でも、正解でしたね。ドンキーカルテット行かないで。
加藤「そうですね、はい。」

番組誕生40周年記念盤 8時だョ!全員集合 2008 DVD-BOX【通常版】

~そして、1964年にザ・ドリフターズが誕生、
1969年10月には「8時だョ!全員集合。」が始ります。
最高視聴率が50.5%という驚異的な視聴率をとるのです~

[ザ・ドリフターズ誕生]
国分「すごいですよ、最高視聴率が50.5%。」
美輪「国民の半分以上。」
国分「そうですよ。驚きの視聴率ですけれども、ずっと生放送でやってたんですか?」
加藤「ええ。生放送でやっていて、やっぱり『ライブ感を大事にしよう』と。
お客さんが(観客席に)入っていて
『客さんがうけなかったら多分、テレビをみてる方も、全然笑わないだろう』と。
『とにかくじゃあ、カメラを無視しちゃって、来てるお客さんにうけよう』っていうんでお客さんをターゲットでやったんですよ。」
国分「それを撮ってくれ、と。あ~なるほど。」
美輪「大正解でしたね。」
加藤「そうですね。やっぱりお客さんが、『ドーン!ドーン!』ってうけるので
その臨場感が向うに伝わったみたいですね。」

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