内藤大助

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【 2007年11月10日放送】【113回】パート2

今日のゲストは、ボクシングのWBC世界フライ級チャンピオンの内藤大助さん。

パート1からの続きです♪

激闘 リングの覇者を目指して

~母の前では、決して弱みを見せず明るく振舞っていた内藤選手。
当時の楽しみも江原には見えていました~

[アニメ好き]
江原「あの、中学生の時とかでも、まあ中学生で見ても不思議じゃないんですけど、
漫画とか、やっぱアニメお好きだったんですね。」
内藤「学生の時は、ほんとにアニメ大好き。」
国分「その時代は何を見てたんですか?」
内藤「『忍者ハットリくん』も見たしなあ。色々見ましたけどね。」
国分「世代が一緒ですもんね。同い年だから、
見てるアニメとかも多分一緒だと思うんですね
そういうのが見えてるわけですか。」
江原「そう。」
内藤「怖いな、ちょっと。」

~22歳でプロとして歩み始めるボクシングの道。
一方、この頃、現在の妻・真弓さんと出会い結婚
2人でアルバイトしながらチャンピオンを目指す生活が始まります
デビューこそ遅かったものの内藤選手は19戦無敗でランキングを上げ 2002年、
ついに世界への挑戦の機会が訪れます
相手は無敗のチャンピオン、タイの英雄ポンサクレック。
27歳で初めて掴んだチャンスでしたが試合は、わずか34秒で終わりました
屈辱の1ラウンドKO負け。内藤選手がボクシングで始めて味わった敗北でした
2005年。再びポンサクレックに挑んだものの今度は右のまぶたを切って負傷、判定負け
この時、内藤選手は、ある決意をしていました~

[引退の決意]
内藤「2回目のチャレンジのときに『負けたら引退』とは決めていましたね。」
美輪「判定負けだったわけでしょう?」
内藤「はい、そうです。負傷判定で。」
国分「自分で思っていた引退を選ばずに、現役続行を選んだわけじゃないですか。
そこには何があったんですか?」
内藤「負けたときに友達と『ああ、引退だ。引退旅行いこうか』と。
自分の試合前に必ず行くキャンプ地があるんですね、フィリピンのセブ島なんですけど
そこに行ってジムを訪問したんですね、
スパーリングをやってくれたフィリピン人ボクサーとかに会いに。
そのときに『おい、内藤、試合どうだった?』『負けたよ』と。
『あ、そうか。じゃあ、次、試合いつやるんだ?』って言うんですよ。
そのサバサバした姿がすごく印象的で、
何かすごくそれを言われてうれしかったのと、言い方は悪いですけれど
『またこいつらと一緒にボクシングやりたい』と思ったんですね。

日本に帰って、じっくり考えて
『やる。もう1回だけやる』と思って引退しなかったです。」
国分「『辞めるな』とかじゃなくて『次、いつやるんだ?』という言葉が。」
内藤「そう、そうそう、あっさり言って来たんですよ。」

[マイナス思考]
美輪「日本人って情緒的に、マイナス思考じゃありませんか。
何かあると後ろ向きに考えて、
『ああ、大変だ。これからどうやって食べていくの?』とか何とかと。 余計なことをごちゃごちゃ、情念を引きずるのよ。
そういうのをスパッと切って
『あ、そう。じゃあ、またやればいいじゃない』と。サバサバしてるわけでしょう?
カラッと乾いているのね。」

[粘り強い]
江原「殊に内藤さんに限っては『駄目』から始まる方だから、何事も。
何でもやるときに『駄目だけど、やってみようかな』
でもね、駄目から始まる人なんだけど、もともと内藤さんはものすごく粘り強い。
だからいじめられたときもそうだけれども、それのおかげもあるかもしれない
もともとの魂は、耐えることには自信がありますでしょう?」

内藤「そうそう、どっちかというと僕、自分で才能ないと思っていますし、
じゃあ才能がなかったらどうやって追いつくか。
やるしかない、人一倍やるしかない。どっちかというとコツコツ派ですね。
自分ではそう思っています。」
江原「お母さんもそういう風に教えてきましたしね。そんなことはないんだけれども、
『お前はパッと華やかじゃないんだから、努力しないと駄目なんだ』ということを ずっと叩き込まれて。」
内藤「そういう親なんですよ。
まだまだだよ。駄目だ、これで満足するな。もっとやりなさい、という親です。」
江原「人の倍やらなきゃ、お前は駄目なんだ、とかね。
ねばり強さというのはそういうところからもあって。それで、意外と頑固ですよね。

赤いオーラを持っているんだけど、ちょっと黒い、頑固のくすみがあるんですよ
『駄目だ・・・』となっちゃうと、まあ、手に負えないところがあるだろうなと。」
国分「失敗したら引退するということは言っていたんですか、奥さんには。」
内藤「『やめるよ、おれ』とはいってました。」
国分「3度目に挑戦するときに『やっぱりもう1回、やりたいんだけど・・・。』
ということを話したとき、奥さんのリアクションってどうだったんですか?」
内藤「『あ、本当』
内藤「そんな感じ。」
国分「そんな感じですか。」
内藤「そう。」
江原「奥さんの方、あっけらかんとした人。」
内藤「そう。」

~スタジオに奥様の真弓さんがいらっしゃいます~

[王者になる前、妻は]
江原「やるも辞めるも『あ、そう』。」
内藤「まったくそうです。」
江原「だって奥さんの力が絶大なんですもん。」
(内藤選手、深くうなづく)
美輪「でも、それは救いよね。一緒にがっかりしたり
『どうしようか・・・』なんて言われたら、真っ暗けよ。
『あ、そう』と言われたら、楽ですよ。」
内藤「めちゃくちゃサバサバしてますね。」
江原「ある意味ではよくわかっているというか
あんまりそこで関わってもしょうがないから、放っておこう、というところもあるんですよね。
だから内藤さんが一人でクヨクヨ悩んでいるときでも 横でいびきをかいて寝られる人です。
(みんな笑い)
それが腹が立つんでしょ。」

内藤「僕は2歳の子どもがいるんですけど、試合の前日にかみさんが、
ちょっとりょう寝かしてくるね。また起きてくる、』と言ってくれたんですね。
『待ってるよ』と言って。
そうしたら、そのまま寝ちゃって。
(みんな笑い)
つらかったですね、その日は。
明日、試合なのに、もう話聞いてくんねえのかよ~って。」
美輪「おもしろい。」
国分「江原さんの言ったようなことが、本当にあるんですね。」
内藤「まったく、そう。」
江原「だから、いいんですよ。」
内藤「そうなんだ。」
江原「ええ。」

国分「チャンピオンになるまでは、お金の方もそんなにボクサーって
儲かるお仕事ではないですよね。」
内藤「もう本当に、極端に言えば、世界チャンピオンにならない限り、
ボクシングだけでは食べていけないので。」
国分「それが何年も続いていたわけですよね。」
内藤「そうですね、もうギリギリの生活というんですかね。
だから、僕、日本チャンピオンになって、ファイトマネーが一時的に入ります。
それ、全部使わないですよね、もちろん それをちゃんと取っておいて、
あとはアルバイト。」

国分「アルバイトですか。」

[アルバイト生活]
内藤「2人一緒にアルバイトをして。」
国分「奥さんもですか。」
内藤「ええ。やはりボクシングの方が大事ですから、アルバイトも長い時間やらないわけで、だから収入も少ないわけですよ。
その収入だけでやっていけないから、ファイトマネーを切り崩してやっていたという感じですね。
国分「はあ~。」
内藤「正直、そのお金すらなくなります。
そのとき、うちの母親に『本当に申し訳ないけど、今月、協力してくれないか?
お金を貸してください。』みたいな感じで、
それに対して本当に、すごく協力してくれましたね、うちの母親。
だから今は感謝してますね、すごく感謝してます。」

美輪「立ち入ったことを伺って、ちょっとはしたないんですけれど、
奥さまとお働きになってアルバイトはおいくらぐらいになるんでしょう?」
内藤「王座を獲ったときなんかは、試合の1ヵ月前まで僕、アルバイトをしていたんですけど、
夫婦合わせて月収12万円、実際は10万前後しか稼いでいなかったですね。」

美輪「そこからお家賃を払ったりなんかなさる、光熱費を出したり。」
内藤「そうですね。今は世界を獲って、今はやっと食べていけますけれども。」
美輪「大変でしたね。」
内藤「本当に、周りの協力なしには、自分はなかったんですよ。
本当にそれは、感謝してます、すごく感謝してます。」

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