中村江里子

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【 2009年2月21日放送】【143回】パート1

今日のゲストは、フランス人の実業家と結婚をした元フジテレビアナウンサーの中村江里子さん。

中村江里子の毎日のパリ

【中村江里子 スピリチュアル・チェック】
小さい頃なりたかった職業は?⇒自分の好きなものだけを集めた小さなお店をやりたかったです
毎日欠かさずすることは?⇒ゆっくりと丁寧にお茶やカフェをいれて1人で飲むことです
パリで生活していて一番大変なことは?⇒やはり言葉の問題です
運命を感じたことは?⇒今の主人と三回の偶然の出会いがあって今こうして一緒にいるというのはもしかしたら運命だったのかなと思います
不思議な体験は?⇒実は以前、江原さんと対談をさせていただきまして、その時に
「赤ちゃんが見えます。」と言っていただいたんですが、その後、妊娠をしました

美輪「ようこそ、お越しくださいました。どうぞ。」 中村「ありがとうございます。」
国分「どうぞお座り下さい。今日はパリからですか?」
中村「そうです。」
国分「パリから!東京までってどのくらいでしたっけ?時間は。」
中村「およそ12時間ですね。」

国分「12時間ですか。僕は今日、15分でここへ着きましたけれども。またはるばる.
一度お会いされてるわけですか?江原さんとは。」
江原「雑誌の対談で。ご一緒させていただきました。」
国分「その時に赤ちゃんが見えると。」

中村「そうなんです。2006年の多分、春頃だったと思うんですが
対談でお会いして、まあ色々なことを言っていただいた中で,
『赤ちゃんが見えますよ、近いんじゃないですか?』っておっしゃっていただいて。
実は本当に2人がすごく望んでいた時だったから、その言葉がものすごくうれしくて。
すぐに彼に電話して報告したくらいです。」
江原「そうですか。」

「フランス生活は大変?。」
美輪「いや、大変でいらっしゃると思う。
ほら、どこの国でも良いところと悪いところがありますけれどね、
ご結婚ってうかがった時にね、
いや~、これは苦労しに行くみたいなものだな、と思って。」

中村「あ、そうですか。まあ苦労というか、やはりパリとかフランスのイメージって多分、 日本のメディアのせいと言ってしまってはいけないんですが、
やはりとても華やかなイメージがあると思うんですね。
特に女性は憬れると思うし 実際そういう場所だと思うんですよ、美しいし。
でも、そこで生活している人たちはみんな質素堅実で、やはり全く。」
美輪「シビアですものね。」
中村「シビアなんですよ。逆に日本って、やっぱり恵まれているので、
私たちはのほほんと生きていられるけれども、
フランスに行ってのほほんと生きていたら、生きていけないんです。」
国分「ええ~。」

中村「それが、行った時というのは無我夢中だから何とかなるんです。
でも今、結婚してもう8年目になったんですが、やはりこれぐらいになってくると 言葉もわかってきて、
いろんなことがわかってくると、逆にわかってきたことによって、すごくこう『え?え?』って立ち止まることが多くなってしまったんですね。」

美輪「だから見なくてもいいものが見えてきたり、聞こえなくていいことが聞こえてきたり。」
中村「そうなんです。きれいなことだけじゃないのは、もちろん生活をするってことでは 当たり前なんですが、
やっぱり私もまだ友達がいるわけじゃないし、家族もみんな東京で。
もちろん彼がいてくれるし、家族はいるけれども、何かやはり急にこうすごく孤独なんですよ。」
国分「はい。」

~1969年、東京生まれ。実家は、明治7年創業の日本で最初の西洋楽器店 「銀座十字屋。」。
2005年にお父さんが亡くなった後は、お母さんが社長となり、楽器販売をはじめ、楽器教室、コンサートなど音楽文化振興に努めています~

[実家は老舗楽器店]
国分「実家が日本で最初の西洋楽器屋さんだったんですか?」
中村「そうなんですね。
私もあまり自分の実家の歴史というのは詳しくはないんですが、明治7年創業ということで。」
国分「明治7年。今、お母さんが社長と言っていましたけれどもお父さんは。」

中村「以前は父だったんですが、2005年の5月に父が亡くなって、
突然、まあ母もその当時から銀座で、その十字屋っていうところで仕事をしていたんですが、母はどちらかというとあの、ホールを持っているんですね。
で、音楽が好きなので、やはりいろんな音楽を発信していきたいという願いで仕事をしていたのですが、
父が亡くなって結果的に自分が社長という形で会社の責任者にならなければならなくなり、
今に至っているんですけれども。」

[お父さんの最期]
国分「中村さんは日本にいたんですか?お父さんが亡くなる時っていうのは。」
中村「それが不思議だったのが、2005年の5月に亡くなったんですが、
詳しく話せば 病気が発覚したのが3月だったんです。
3月の末に病院に呼ばれて、という状況だったんですけれど、
その時もパリに住んでいる私たち、私も主人も娘もいたんです、東京に。
だから家族みんなで父の病気を知って
『どうやっていこうか』っていう家族会議というのにも参加して、
それからその後は、もちろん彼は仕事があるのでパリに行ってたんですが、
私はほとんど東京にいて。で、変な話、父が亡くなった日というのも、彼も娘もいたんです。
で、みんな病院に、全員、父が亡くなる瞬間にそろったんです。
だから普通、日本にいても、同じ東京にいても、なかなか身内のそういう場に
立ち会えないことってあると思うんですが、全員が病院に集まれて
だから本当に感謝をしました。

やっぱり父が亡くなるということは、とても今もこうなかなかちょっと
自分の中できちんと消化できてないことなんですけど
『でも、そこにいられたんだ』っていうことは
『これはもう神様がそういう風にして下さったんだ』ということで
ものすごくそれは家族みんな『感謝しなきゃいけないよね』って言ってるんですね。」
江原「まあ、お父様の望みでもあるしね。
でいて、『生涯、悔いとして残るっていうことのないように』っていう。
それはお父様の願いでもあるし、やはりそこも以心伝心。
だから、偶然はない。うん、呼び寄せた必然なんです。」
中村「そうですか。」

江原「だから逆に言うと、今あたたかく語れるのは、そのおかげですものね。
でなかったら、それは悔いが一杯残ってしまって。」
中村「そうです、すごく辛い、辛い気持ちばっかりになってたと思うんですが
『辛いけど、悲しいけど、一緒にいられた』っていうのが
もう本当に大きな救いになっていて。」

江原「しかも大らかな方ですからね、お父さんって。」
中村「本当ですか?そうですか。」
江原「なぜかというと、どうして大らかって私が言っているかというと
何でもかんでも結局、最終的にはいつも家族に対して
『いいよ、いいよ』って言い続ける人なの。」
中村「はい、そうですね。」

江原「だから自分の我がままを言っていないんですよ、実は。」
中村「そうなんですよ。」
江原「だから、それだけですよ、我がまま。」
中村「そうだ。」
江原「『自分の最期に居合わせて欲しい』。
だから最期のお父様の我がままなの。
それを私は大らかって言う。
何でも寛大で『いいよ、いいよ。お前がやりたい様にやりなさい。』
『お母さんのやりたいようにやりなさい。』
自分の主張をするのは最期のそれだけだったはずなの。」
中村「そう思います。はい。」
江原「そう。だからいい親孝行ができたんですよね。」

国分「そういうお父さんでしたか?」
中村「はい。」
美輪「でも、幸せな家庭にお生まれになったのね。」
中村「はい。本当にそう思います。」
美輪「本当に。」

~人気アナウンサーとして活躍していた中村さん。
28歳のとき運命の出会いが訪れます。
フランス人実業家シャルル・エドワール・バルトさんと出会ったのです。
はじめは乗り気ではなかったという中村さんを、バルトさんは熱烈に口説き続けたのです。

2001年の9月、南仏プロヴァンスの小さな丘の上の教会でバルトさんの熱意が実り、、ついに結婚。
結婚式後のバルトさんの言葉
「あなたと結婚したかった、ずっと前から。
でもずっと前から彼女『いいえ』と言いました。
今日『はい』言いました。私はすごい嬉しいです。」
憧れのパリで中村さんの新しい生活が始まりました。
しかし2人がゴールインするまでには数え切れないドラマがあったのです~

[運命の出会い]
国分「いや、元気なご主人ですね。」
中村「明るいですよね、今見ても。」
国分「ものすごく日本語も上手くて。」
中村「今はもっと上手ですね。」

国分「あ、そうですか。最初は断ってたんですか?結婚をするというのは。」
中村「結婚を断っていたというよりも、別に結婚しなくてもいいんじゃない?って
言ってたのは私だったんですね。」
国分「それは何でですか?」

中村「別にフランス式というわけではないんですが、
私の中でまだ結婚というのは形になって実感がなかったのと、
別に結婚しないでも、このままフランスで2人で暮らしていって
まあ時期が来たら、という選択もあるんじゃないかな?というのが 私の考えだったんですが、
彼はもう『家庭を作りたい』
それから 『きちんと国にも認めてもらいたい。教会できちんと式を挙げたい。
神様にも認めてもらいたい。』という思いが強くて。

だから『いいえ』と言っていたわけじゃないんですが。
でも初めて、この日初めて教会と役所での式で『はい』って‘Oui’(ウィ)って言ったので
すごく嬉しかったみたいです、本人は。」
国分「そのテンションですか、さっきのは。」
中村「そのテンションです。嬉しく。」

江原「でも中村さんは、じゃあ誰とでもそういう感覚で恋愛とかをするかっていうと そうじゃないと思うんですよ。彼だけ特別に何となく、
『空気みたい』に自然だったと思うんです、最初から。」
中村「そうですね。格好つけるということは余裕もなく、そうですね、はい。」
江原「だから『まあ、ずっとこういられるんじゃないの』っていう自信っていうか、
変な安心感っていうかね。それには理由があるの。」

中村「え?何で、何でですか?」
国分「何か理由がありますか。これは後ほどにしましょうか。」
江原「ええ。」

[運命の出会い]
国分「さあ、そして『運命を感じた』というので『ご主人と3回偶然出会った』
これはもう偶然じゃないですね。これはどういうようなことだったんですか?」

中村「実は彼が仕事で、初めて日本、東京に来て目黒の方にあるホテルに 滞在していたんですが、
私がそこでイベントの司会のために、やはり行っていて
控え室が客室だったので、着替えてエレベーターに乗ったら背の大きい人が乗ってたんです。
で、『あ、大きい人がいるな』と思って地下の宴会場まで。
だから本当に何分もないと思うんですけど、降りていったというのが 1回目の出会いだったんですね。
で、2回目はそれから私が数ヵ月後に 1人でパリに遊びに行った時に、
やはり偶然、ブティックの中で会ったんですよ。」

国分「これすごいですね。」
中村「で、まあ社交辞令で『ぜひ、次回来た時には食事でも』というので、
別に、連絡先を交換したわけでもなく、本当に社交辞令で終わってしまって。」
美輪「電話番号、聞かれませんでした?」
中村「聞かれないで、そのままです、もう。名前も電話番号も何も。」
美輪「フランス人の男にしちゃあ、ずいぶん珍しい。」

国分「だいたい聞くんですか?2回会ったら。」
美輪「うん。私が、パーティなんかでも、追かけてきて、
『うちではこういうパーティをやってますから、 あなたの電話番号とアドレスを教えていただきたい』って言うから。
で、私『じゃあ、私はお月様に住んでいるからお月様に電話ちょうだい』って言って。」

中村「わあ、すごい。」
国分「返しもおしゃれな返ししますね、それ。」
美輪「そういうの好きなんですよね、フランス人って。」
中村「多分。」
美輪「いや、そういうしゃれた会話が。」
国分「なるほど。」

中村「それはそう思います。でも私はその時は。」
国分「2回目もそういうお話もなく。」
中村「もう本当に、ご挨拶程度で、3回目にそうでしたね。
3回目に日本で また再会した時に。」
美輪「やられたのね。」
中村「立ち上がって『僕のこと、覚えていますか?』って言うから
『覚えています』というと『お名前と電話番号を教えて下さい』って。」

国分「3回目の出会いっていうのは何だったんですか?」
中村「えっと東京で小さいパーティがあって、レストランで、私も友人に誘われて、
『何か面倒くさい』って言いながらいったら、いたという。」
国分「すごいですねえ。」
美輪「全部仕組まれてるみたいね。」
中村「だから『本当にそんなことってあるのかな?』っていうような。」

国分「それは電話番号を教えて、もうすぐかかってきたんですか?」
中村「もちろんすぐかかってきたんですけど、私はドタキャンを何度もしてしまったら、
彼の人生で初めてだったみたいで、逆に『なにくそ!』っていう
『これは何としてでも!』って燃え上がってしまったみたい。
かなり失礼なことをしたんですけれども、彼は逆にそれが人生初めての。」

美輪「いや、そこでね、あの値打ちが決まるんですよ。
『この人は安売りをしない人だな』と思うの。」
国分「あ、なるほど。」
美輪「御曹司だとかね、
背が高くてとかのいろんな条件がそろうと、とにかく普通の女の子だったらね、
すぐしっぽ振って来るわけですよ。」
中村「しっぽ。」

美輪「本当に。もうとにかく『愛して、好きよ好きよ』と言って。
シンデレラ・コンプレックス (いつか白馬に乗った王子様の様な男性が現れ自分を幸せにしてくれるという女性の幻想)の 連中が来るのね。
だから、そういうのはもう沢山なのね。一杯来るから。」
国分「あ~、なるほど。」
中村「ははは。」

美輪「だからシンデレラのおねえさんたちはいらないんですよ。」
国分「なるほど。中村さん、ドタキャンですからね。」
美輪「そう。」
国分「これは『なにくそ!』ってなりますし。
お付き合いになったのは、出合ってどのくらいですか?」

中村「だから出会ってから、そういうのを繰り返し、多分初めてディナーをしたのは
もう三ヶ月ぐらいたっていたと思います。その間、色々電話があっても断って
それから1人で私がパリに遊びに行って。でも結局、それがきっかけになったんです。
『ごめんなさい、パリに行くので夕食はご一緒できません』って断ったら、
彼はいったいどういうルートか、私のホテルを調べたんです。」

国分「ええ!」
中村「で、着いたら花束が届いていたんです。」
国分「うゎ。それかぁ。」

中村「届いてたんです。
で、彼の中では賭けで『これで電話を、“ありがとう”の電話の一本もして来なかったら、
これは本当にマナーのない女性だ』という
ここは賭けだって本人の中で思ってたらしく。
当然、私はそんなことをしていただいたら、高かろうが何だろうが国際電話をかけてまず、
『ありがとう。 本当に狭いっちゃなホテルだけれども、お花があるおかげでとっても快適だわ』って
ひと言。」

国分「言って。『よし!』って。」
中村「彼は『よし!』ってなったようです、はい。」
国分「絶対になるわ、それはそれは気持ちいいですね。」

美輪「彼の言葉の中でね『これは礼儀作法を知らない女だ』っていうこともあるけれども
『全く脈がない』っていう風にも取れるわけ。」
中村「そうです。」
美輪「じゃあ、これはもう引いた方がいい。押しても無駄、ということなのね。」
国分「はい、はい。おしゃれですねえ。
パリでの暮らしの良いところというのは どういうところですか?」

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