佐渡裕

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【 2007年03月28日放送】【93回】パート2

今日のゲストは、世界で活躍するクラシック音楽の指揮者の佐渡裕さどゆたか)さん。

パート1からの続きです♪

佐渡裕 佐渡の第九 兵庫熱狂ライヴ!

~26歳の時、ボストンのタングルウッド音楽祭で小沢征爾に見出され、
バーンスタインの指導を受ける事に
さらに翌年ウィーンに留学。バーンスタイン最後の弟子として
指揮者への道を本格的に歩む事に、なるのです~

[素顔のバーンスタイン]
佐渡「バーンスタインは本当に大きな方でしたね。
背は低い人なんですけど、
素晴らしい教育者でしたし、最高の指揮者ですし、ピアニストで、作曲家で、
大学の先生もできて、すごいハンサムでね。役者にもなれたでしょうし。
ちょっと場が和んでくると、悪いこと、いたずらとか人を驚かせることを考えるんです。
ウィーンでバーンスタインのアシスタントをしていたときに、
二人でマクドナルドに行ったことがあるんです。
練習が早く終わったので、急に『何食べる?』という話になって、
バーンスタインが『ハンバーガーが食べたい』と言い出して。

大きなリムジンでマントを着てついたんですが、
ウィーンってすごいところでマクドナルドのお客さん、
『マエストロ(音楽の巨匠)が来た!』ってみんながわかるわけですよ。
バーンスタインは上機嫌で、マント姿で、頭にハンバーガーのトレーを載せて、
店じゅうを踊りまくってるんです。

それで『僕は、あそこで食べる』って言って。
その、お誕生日コーナーみたいな場所あるじゃないですか。
イチゴの椅子みたいな。
そこで僕たち、一緒にハンバーガーを食べてね。そういう人でしたね。」
美輪「かわいい人ね。」
江原「豪快な方でもありましたでしょう?
佐渡「豪快な人でした。」
江原「いつも、だって、来るメッセージが『行けー!』とかっていう、そういう事なの。」
国分「ダメ出しですか、それは。」
江原「ダメ出しでもあるし。お尻叩きみたいな、感じで、
「『行け~、やれ~、怖気づくな~』みたいな感じであるんですよ。」

[フランスで世界デビュー]
佐渡「僕、だから今もヨーロッパ、ドイツ、イタリア、スイス、フランスって いうのが中心なんですね。仕事の場が。
元々はフランスでコンクールに入賞した事もあって、フランスがやっぱ多かったですけど。」
(1989年 ブザンソン国際青年指揮者コンクールで優勝)
美輪「今回、フランスからいらした。」
佐渡「そうなんです。フランスっていう国には、やっぱ拾われた所もありますね。
だから、ほんとに若くても日本人でも、その自分達の指揮台に立って。
『こいつとはおもしろい、やれるものがある。』って思ってくれた事に関しては
彼等は、ほんとに讃えてくれるし、その中で鍛えられたし。
『もっと喜ばせたい』と思ったし。だからもう、このフランスに対しては 何て言うんでしょうか。
『何を恩返しできるのかな?』と思いますね、今。」
(現在、フランスのコンセール・ラムルー管弦楽団主席指揮者を努め、 世界一流オーケストラで客演)

江原「この間ね。佐渡さんが、出てくださるって聞いた時に、
美輪さんが、いきなり『佐渡さんって方って、フランスの感じがある』って、
『フィーリングがある』って、おっしゃってね 。
『佐渡さんて、フランスで演奏してるんですよ。』っていう風に申し上げた事あって。
芸術の世界って、こう全て、そういう事、分かるものがある。」
美輪「うちのマネージャーが、佐渡さんのCDを、送り迎えの時にそれ聞かされてて。
『ああ、これはフランスの音だわ。』って言ってたのね
それ全然、そういう事存じ上げないで言ってたの。」
国分「ほお。CDをきいていて、『これはフランスだな』って思うのっていうのは、 どういう所で感じるんですか?」
美輪「いや、だから感覚、感性ですよ。」
国分「感性。」

美輪「だから、フジコ・へミングさんの音を聞いた時に。
『これは昔のルビンシュタインよね、コルトや何かの音だわ。』と思ったんです。
一生懸命探してるけどないんですけどね。
ラフマニノフ自身がピアノ弾いて、指揮をスカニー二がやってるのが、あるんですよ。
(セルゲイ・ラフマニノフ 1873~1943…ロシアの作曲家・ピアニスト)
これは、ほんとに『え、協奏曲って、こういうものなの?』っていうような音だったのよ。
それ、SP盤だったのよ。」
(アルトゥーロ・トスカニーニ 1867~195720世紀の最も偉大な指揮者の一人。イタリア出身)
美輪「だから、その頃のね、匂いを、フジコさん持ってたんです、うん。
だから佐渡さんの音楽を車の中で聴いてて…。」

江原「いや実はね、今も美輪さんが話が出たからちょっとびっくりしたんですけどね、
こういう事言うと、テレビ見てる人は『また』とかって、すぐ言われるから、嫌なんですけど。」
美輪「いや、そんな事、ありませんよ。」
江原「実はね、私、佐渡さんに興味抱いたのは、
実は、一番大元の方で、送ってるメッセージの人がね、トスカニーニなんですよ。」
美輪「ええっ!?」

[巨匠トスカニーニ]
江原「トスカニーニという人は指揮者でもあるけれども、人格的な部分がとても高い人で…。」
美輪「神官みたいな人よね。」
江原「厳しいけれども、昔は奴隷解放などの運動もなさっていたり、
本当に世の中のことをよく考えていらっしゃったという方で。
その人が『トスカニーニの後を追え、後を追え』っていうね、 いろんなメッセージがあって。
今日は、今まで言ってない事も、今日、言おうと思っているんでね。」

佐渡「今、トスカニーニという言葉が美輪さんから出て、
以前も江原さんからそれを言われたときも、ピンとこなかったんですよ。
フルトベングラーという大巨匠がいて、もうずい分前の指揮者なんですけど。
そして、トスカニーニという大巨匠がいて。
(ヴィルムヘルム・フルトヴェングラー 1886~1954 20世紀の最も偉大な指揮者の1人。ドイツ出身)

フルトベングラーというのは、割とグニャグニャとした、
どこで音を出していいかわからない指揮を…。」
美輪「だって有名でしたよね、“振ると面食らう”と。」
佐渡「ええ、そう。
トスカニーニは、もうほんとにもう、時間通りにビシバシ!ビシバシ!って来る指揮者だった。
僕は、どっちかと言えば、そのね、いい加減で。“振ると面食らう”の方だとと思ったんですよ。」
美輪「ええ。」
佐渡「江原さんからトスカニーニって出て来て。『え~、そうなのかな~?』と思ってたら。
その江原さんの後、僕の海外公演のプログラムを見ていたら、
解説に何回もトスカニーニが登場してくるんです。
直接、僕の事ではないんですど、どうなってるのかなと思って。」
美輪「だって、他に山ほど指揮者がいるのにね。」
佐渡「そうです、そうですね。」
江原「トスカニーニに縁とゆかりのある場所に、これからに縁があると 言っているんですよ。導かれていく、って…。」

~20世紀の最も偉大な指揮者の1人、トスカニーニ。
ファシズムに抗議して、イタリアからアメリカに渡り
不屈の意思と情熱で演奏を続けたマエストロが
佐渡さんにメッセージを送っているというのです~

[白羽の矢が立った人]
江原「あのよくね、『そういった人が付いてるとかって、おかしいじゃないか』とか
言われるじゃないですか、『そんなうまい事行くか』いや、そうじゃないです。」
美輪「そんな人、放っとけばいい。」
江原「メッセンジャーだから。どんな人にでも行くんですよ。
ただ向こうから、白羽の矢が立った人には、こう行くわけですよ。
例えば佐渡さんも、いずれこの世を去られて、向こうに行くと、
絶対にいい指揮者を探したくなりますよ。
それでいて『もっとこういう事、やらせたい。ああいう事、やらせたい。』っていう 今度、立場になってきた時に
白羽の矢を立てるでしょう、うん。
それだけ佐渡さんは見込まれた人であり、神さまに大変かわいがられている方だと思うんです。
そういった方は、演奏のことだけじゃなくて
やはり世の中の人のことを常に考えていると思います。」

佐渡「さっきから、言おうかどうか思った話がひとつあって、
このスタジオに来たときに、この気の雰囲気だとか、光を見たことがあると思ったのは、夢の中なんです。」
国分「はい。」

[不思議な夢]
佐渡「もう年10ぐらい前の夢で、オルガンで7つの音がガーッと鳴って
夢の中で、その音で体が振動していて、それでものすごい光が当たって。
僕らが、こっち側にいるんです。
皆、何か頭巾かぶってるんですけど。
で、横の人は誰がいるのか見えないんです。ただ、10人、12人。
そう、メッセージの中では12人て、確か言ってたように思うんですけど。
で、前に1人おばあさんだと思ったんですけど。
15行くらいの結構長い、詩のような文章を読み上げるんです。
で、その人が、どうも指揮者らしいの。
でね、そのトスカニーニの話が出たじゃないですか。
その時、もしかしたらトスカニーニだったのかな?っていう気がしてます。」

江原「実際の背格好は知りませんけれども、シルエットをよくよく見たら、そうだと思いますよ。」
国分「もしかしたら、10年前にもうメッセージを…。」
佐渡「そうかもしれませんね。」

[指揮中に幽体離脱]
国分「後、その不思議な体験としましては。指揮をやってる間に。」
佐渡「ああ、幽体離脱みたいな、事ですね。
これは、お客さんも多分その時、来られた方は、みんな感じてたと思うんですけど
とりついたって言ったら、とり付いてるし。でも自分はものすごく楽なんですよ。
もう自分が天井から、自分が振ってる姿が見えてて。
だから何も力がいらないんですよ。オーケストラがのびのび弾いていて。
『あの体験が何なのかな?』と今でもすごく不思議に思うんですね。」

国分「今までに1回だけですか?」
佐渡「はい、そういう風なことを感じたのは1回だけです。
ただそれからは、自分でも調子が良くないなと思ったり、
オーケストラと一緒に煮詰まってるなと思ったときに、
ふっと できるだけ離れて見るようになりました。
どうなんでしょうか、お芝居の役者さんでもそういうことはあるんでしょうか?」

美輪「私はよく、抜力(ばつりょく)とよく言っているんです。
私生活の中でも人間は何かに一生懸命になったり、緊張したり
いろんな話を聞いたりしたときに必ず、息を詰めているんですよ。
腕や肩やこめかみのあたりに力が入ってしまって、
呼吸を止めているんですよ。そういうときには、ロクな作品にならないの。

『とにかく、一生懸命、一生懸命』『もっとテンションを上げて!』
テンションを上げたら、困るでしょう?
感情的にテンションを上げると、理性や知性の部分が、ストップして、情念ばかりになってしまうの。
そうすると、センチメンタルになったり、安っぽくなるのね。

情念やいろんなものをろ過して、いつもクールに冷静に、
いつライトが落ちてきてもスッとどけられるように、
20%くらいを計算する部分として残しながら、
肩の力を全部抜いておかなくてはいけないの。楽に呼吸しておくといい。
そういうものが全部融合したときに、すごい作品がパァーっと火花を上げて出てくるの。」

江原「指揮者の方って、演奏中、あんなに長いことされて疲れるだろうにと思いますでしょう?
まったく疲れない。」
佐渡「うまくいったときはねえ。本当にそうなんです。
会議するとすぐ疲れるんですけれどもね

江原「そういうときは、満ちているものがあるんです。
すごく力が抜けているのに、本当に何と言うんでしょうか。
楽器は鳴り切っているし、声も鳴り切ってる、
でも誰ものどを痛めていないし、腕も痛めていない。」
国分「ええ、ええ。」

佐渡「芯に当たったホームランが出たような感覚だと思うんですけれども。」
国分「たまたまではなくて、やはりそういう状況になれば、
また同じようなプレイができるということなんですね。」
美輪「そうそう。」
佐渡「そうありたいなと思いますね。」

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