島倉千代子

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【 2008年06月12日放送】【124回】パート2

今日のゲストは、「人生いろいろ。」などのヒット曲があり、さまざまな苦難を乗り越えてこられた演歌歌手の島倉千代子さん。

パート1からの続きです♪

「再び借金返済の生活。」
1981年の「鳳仙花」が80万枚、1987年の「人生いろいろ」が130万枚の大ヒット。
ところが、借金返済の目処がついたところで乳がんに。
さらに仕事仲間に会社の資金等を持ち逃げされ、再び借金返済の生活へ。
国分「借金を返し終わっても、今度は周りにいるスタッフさんに お金を持ち逃げされているという。
これも怪しいとは全く思わなかったんですか?」
島倉「『怪しい、怪しい』と思っているうちに、深みに入りました。」
国分「失礼ですけれど、今、借金というのはないんですか?」
島倉「いえ、あります。」
美輪「あらま、1度完済なさったんじゃないの?」
島倉「いえ、できませんでした。後から後から重なってくるので…。」
美輪「そう、大変でしたね…。」
島倉「はい、これからも…。」

美輪「自分が作った借金だったら、まだ諦めがつきますけれどもねえ…。」
島倉「自分で作ったのもありそうです…。」
国分「ありそうです。定かではないという…。」
島倉「ええ、ちょっとハンコを押しすぎた、反省してます…。」

~借金で苦労なさった島倉さんは、実はお金を扱ったことがあまりなかったのです~

「お金の扱い方」
島倉「デビューしたときから、母からお財布ひとつ預けられて、出かけるときに
二千円をお金を入れてくれて、それを持っていってお茶飲んで、ご飯食べて
お釣りを入れたまま返すものですから、お金を見たことがなくて。
これの往復だったものですから。
母には悪いことをしたなと思うんですけれども。
『もっとお金のことを教えてくれれば良かったのに』って母に…。」
美輪「お母さまがずっとそばについていらして、そういうものを一切、 お母さまが やっていらしたから。
だって若い頃からデビューして、ずっとスターでしょう?
昔のスターって、お金の話と、政治向きの話と、文学の話は 決してしちゃならないって言われていたのよ。
だから島倉さんは、現実的な処理は全部、お母さまがやっていらしたのよね。」
島倉「そうです。自分がもっと、多少でもわかっていて、預けてあったんだったら 違ったのかなって、思うんですね。」

[島倉さんへのメッセージ]
江原「これは夢物語なんですけれどね。
前世というのが、まさにそのままなんですよ。お姫様。
お姫様なんですよ、日本の武家のお嬢さんというか、お姫様で生まれて。
当時から歌が大好きで、『歌姫』って、あだ名のように呼ばれていて。
だからご苦労なさったと思うんですけれども、その時の思いがあるから、
それだけ辛い思いをされても、どこか基本的に金銭的には、楽観的というか、
どこかで 『まあ、何とかなる』『生きてさえいければいいんじゃない』っていうようなところが根底にあって、
何か乗り越えてこれちゃう強さで。
すごく言いにくいんですけれども、頭、理性と感情は違う。
感情の部分では、お姫様のままなんですね。
だから現実的に大変なのに、そのヒロインを楽しんじゃう自分もあったりして。
苦労なさっているのにこんなことを言うのも何ですけれど
だから、繰り返してしまうというところがあって…。

あの、オーラの色ってあって、その人の気質とかを表すんですよ。
とってもブルー(冷静)の色が強いし、黄色(朗らか)もあるし
いろんな色をたくさん持っているんだけれども、言い方を変えると常に 瞬時に気持ち、感情が変わってしまうんですよ。
だから意外と頓着がない。
だから失っても 『また得ればいいでしょう』
無くなったり壊れちゃうと
『あ、新しいものが買えるということよ』という風な感じだったり。」

島倉「前はそうでした。歌わせてもらえれば稼げるから、
こういうものを買いたいと思えばいつでも買える、って自分の中にあったし、
そんなに頓着はなかったんですけれど、今は違うんです。
これ以上騙されると、もうダメ、終わっちゃう、と思って、人生が。」
美輪「やっと大人になったのね。」
島倉「なりたい。だから、理性と感情が、もうちょっと近づくためにどうすれば…。」

[あの世後援会]
江原「あのね、実はいまもずっと後ろにいらっしゃるんだけれども、
スーツを着た男の人たちがダッと並んでいるのね。
ということは、今まで辛い目に合いましたよね。
この方たちはその時に助けてくれた人たちなんです。
だから当時、色々とお世話してくれた人とか、アドバイスしてくれた人、
この世を去ってしまっている人もいて、その人たちがいまだに、 ある種の 『あの世後援会』なんです。
その方たちのことをいつも思い出せばいいだけ。」
島倉「ああ、そうなんですか。」

江原「その人たちが、いつも心配して言ってくださった『ダメだよ。こうしなきゃいけないよ』 とか、いろんなこと、そういうことを、1つ1つちゃんと心の中にいつも残して、
いつも聞いていれさえすれば、いいだけだと思うんですよ。
だって裏切らない方は、ずっと裏切らないできてるじゃないですか。」
島倉「そう、そうなんです。」
江原「美輪さんもよくおっしゃるけれども『良薬口に苦し』
そういった方に限って、その時はすごくきついことを言われたりとかして。
その時島倉さんも、人間だから 『何よ、私の気持ちもわかってくれないで』と反発してみたり、
でも後で『やっぱりごめんなさい、私が悪かったわ』というようなことで
後ろの方たちも『ようやく、聴く耳を持つようになったね』っておっしゃる。
なるほど、それも一理ありって、全部自分の肥やしにできるようになった』と おっしゃる。
そこが大きな、得た財産。」
島倉「うん。」

江原「でも前世では、ずっと幸せでいられているんです、最後まで。
よき夫というかお殿様に恵まれてお嫁入りして、何も不自由しなくて、何にもしなくてよかった。」
美輪「だから前世で、あんまり楽をし過ぎちゃったから、今世で苦労するの。」
江原「つまり、すごい覚悟をして生まれてこられているんですよね。
『いっぱい、いろんなことを経験しよう』と思って生まれてくるから、
だからいろんなことがある半面、その思いがでるのは、何でもチャレンジしようとすること。」
島倉「あ、そうです。」
江原「普通、臆病になったり。でもチャレンジ精神だけはいつも。新しいもの。」
島倉「もう新しいもの、新しいものって考えて。
いわゆる島倉千代子じゃ絶対できないものをステージではどんどん出していく。
まあ、いま一番得意なのは、セーラー服ですけれども。
もう、心が子供に戻ってしまって、多分、こんなに心が子供に戻っているというのは
まだまだ勉強したてですけれども、少しお金のことを勉強していこうって。
遅過ぎたんですけれども、いまは事務所を全部、自分でやるところまできました。」
国分「ここ最近の話なんですか?」
島倉「もう最近です、今年の話です。去年から勉強しました。
これから、また私の違った人生が動いていくのかな、始まっていくのかなって いま思っているところです。」
美輪「素敵、素敵。」

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