武田鉄矢

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【 2007年09月01日放送】【109回】パート3

今日のゲストは、歌手でもあり、俳優、タレントの武田鉄矢さん。

パート2からの続きです♪

幸福の黄色いハンカチ

[スピリチュアル・メッセージ]
江原「まず、お父さんの事、ちょっと申し上げますね。 実はね、
私、今日てっきり、お母さんが出て来られるんだろうな、なんて思ってたんです。
もちろん、お母さんいらっしゃるんです。
どうして、今日、お父さん、そこに来てるかって言うと。
お父さん、こう押し出して来てるんですよね。」
国分「押し出して来てる。」
美輪「お母さんがね。」
武田「母親がですか。」
国分「ああ。」
江原「で、『自分じゃなくて、あんたが出なさい』と、言って
前、押し出して来てて。で、お父さんは、だから、さっきからこう。
うれしいような、うれしくないような。」
武田「でしょう。」
江原「なぜ、ご両親がそういう風にやっているかというと、お母さんが、
『せっかくだからお父さんに日の目を当てよう。』と。
その裏にあるのは、お父さんに対する愛情が、お母さんはものすごくあったんですね。
実は惚れてたと。」
武田「うん。」

[母は父に惚れていた]
武田「痛いところを突かれました。」
江原「今まで話を聞くと、何となくお父さんが頼りない感じに聞こえてしまうんだけど、
お母さんは女としてお父さんに惚れてたんだと。生きていらしたときも、 お父さんは人が来るとスーッといなくなるところがあって、『自分が邪魔しちゃいけない』と。
要するに武田さんの『陰になっていたんだよ。日陰に徹していたんだよ。』と。

みんなわかっているけれども、改めてそういうことを伝えたいという お母さんの愛情なんですね。
だから、いろいろあったんでしょうけれども
愛に満ちた家族だったんだなあということが…。」
武田「父親はちょっと酒癖が悪くてね、子供のときは、
『母ちゃんがかわいそうじゃないか』ということがいつも心の中に溜まっていたから、
親父がわがままばっかり言っているような気がしたんですよね。

ある日、本を開いたら、母親がテレビ番組のために書いた手紙が出てきたんですよ。
僕はよく読んでなかったんですが、2枚目をめくったら、
『あなたの父親は大変厳しい人でしたが、あなたのことを思っていましたよ』って 書いてあるんですよ。
厳しいもなにも、酒ばかり飲んで暴れている親父でしょう?
でもそのときに、ふと『母親は惚れていたんじゃないか』と思ったんですよ。」

美輪「お母さんは、人間として愛情がたっぷりある人だったのね。
だからせめてこの機会に、お父さんを前に出して、
『あたしはもういいですから。うちはもうよかけん、あんた出ませ。』ということだと思うのね。」
武田「そうですね。」

~武田さんが愛し続けた母。その母が実は惚れていた父。
『母に捧げるバラード』のヒットで
当時、日本一有名なお母さんとなったイクさんは
陰の存在に徹していた、ご主人を今も思っているのです~

[二つのお墓]
江原「お墓って2つあるんですか?」
武田「鋭いですね。そうです。」
江原「それで。その2つの墓を、ね、
ちゃんと両方大事にしてる、っていう事を私に言うんですよ。」
武田「いやいや、そんな大事にもしてないんですけど。」
江原「でも『来てくれた』って言うんです。」
武田「たばこ屋のある“福岡”と、父と母、彼と彼女のエデンの園(アダムとイブの楽園)が“熊本の山奥の小さな村”なんですよね。
死ぬ前に里のことばかり話していましたから、
年に1回は行ってやっているんです。」
江原「そのことをおっしゃっていて、
お母さんはそのことを誇りに思っているんですよ。
息子さんが来てくれること、
そして自分の家系に対する誇りもあるんですよね。
そこが芯の強さになって『負けまい』という、心の強さのルーツがあるんですよ。うん。」
武田「ああ。」

[武田鉄矢 魂のルーツ]
もうひとつ、本当に先のルーツなんですが、
武田さんは本物を常に見定めようという視点が強くあるんじゃないですか?
そのための分析を常にしていて。
例えば、役者さんとして本物か、人間、人として本物かどうかというね、
そういう本物かどうかを常に分析していて。
特に大変だった時代というのは、常に見定めようとしていたんじゃないかと思うんですね。」
武田「ええ、そうですね。」
江原「ま、こんな事を言うとまた大げさな事を言って、と言われちゃうかもしれませんが。
多分、オーラの泉始まって以来に、最も古い前世の部類に当るんじゃないかと思うんです。」
国分「ほお~。」
江原「実はね、これ霊系って言って、もうそこまで来ると
あまりにも古いから霊系っていって流れなんですね。」
(霊系…守護霊として、ついている自然霊の系統)
武田「ほお。」
江原「自分の流れなんですけどね。実はね建内宿禰(たけのうちのすくね)。」

~建内宿禰とは。大和朝廷に仕えたという伝説の政治家です
神の言葉を伝える霊能力を持ち
300歳以上まで生きたという、謎の存在でもあります~

江原「いわゆる審神者(さにわ)というね。」
美輪「審神者というのは、例えば霊的なものが江原さんに降りてくるとして、
それを一般の人たちに通訳するの。
『ああですか、こうですか』って神様にきいて
『こうだそうです』という取次ぎ。」
(審神者…人に憑依した霊を見極め、その言葉を解読する霊能力者)

江原「見分けるとか、はっきり明白にさせる、というとても重要な役柄の系統があって、
武田さんは坂本龍馬とか、いろんな関心もあると思いますけれども
それもいわゆる同じ系統の人たちなんです。
何事も、時代をはっきりさせるとか、明白にするのがテーマ。

武田さんはお芝居とかでご活躍なさっているけれども、金八先生とか
あれはひとつの社会的現象としていろんなことを問題提起して、
ひとつのドラマというはんちゅうを超えたものだったじゃないですか。」
武田「そうですね、ええ」

「3年B組金八先生。」武田さんの代表作とも言えるこのドラマには
様々な問題定義や社会への、メッセージが込められていました~

[政治家への誘いが]
江原「後ろの方が『立派でしたよ、政治に行かなかったのは。
お断りになったことは立派でした。
それを全部見てました。それでいいんです』と。
『それはあなたが長く、しっかりとこの世のために働いていくための道』
『自分は息長くやっていきたいからと、お断りになったことは正解でした。』という風に おっしゃっています。」
美輪「お話があったんでしょう?」
武田「はい。何度もいただきましたけれども、迷いはなかったんです。
僕はやっぱり、労働者階級の芸人。それだけで一生を終わってもいいと思って。」

美輪「それと心配なのは、常に改革するのはいいんだけど『新しいこと、新しいこと…』と
常にそういう風に思う病気はおやめなさいということ。
『それよりも一つのことを極めて、それを練り上げていく仕事もあるんですよ。』
ということみたいですよ。」

武田「痛いひと言ですね、太一くん。
とにかくブランニュー(Brand-new 真新しいこと)が好きなんですよね。
『明日はいよいよ決戦!』というのが好きなんです。」
美輪「うん。」

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